お世話になった方々と新米の贈呈

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今日までの82年の歳月を振り返り、“これまで、良き人生を歩ませて貰った!”と感謝が日増しにつのる。

中でも3方には、人様には語れない、お世話になり、言葉では言い表せないものがある。

振り返ると中でも、大阪厚生信金時代から広島の教職界への転職時期。

管理職時代の言い知れぬ抑圧、良く堪えて来たもんだとつくづく思う。

その影には、身近な方々の蔭の支えがあればこそ、乗り越えられた。

それらのこと、今でも忘れてはいない。

先ずは、信金時代の転職を決意してから、暫くは不安定な生活が続いた。

大阪から広島に帰る旅費が足らないので、得意先のHさんにお借りした。

広島のご出身と言うこともあり、気持ち良くお貸しくださった。

そのHさんは、昨年高齢で亡くなられた。

次に、広大の聴講生時代、寝泊まりは西光教会にイソウロウ。

掃除や小間使いしながら1年間、食べさせて貰いながら通った。

教会長のN先生は、「岡田茂吉先生」を信奉する厳しい先生だったが、心底可愛がって頂いた。

夏期スクーリングに東京の玉川大学に向かうのに、挨拶に行くと、小引き出しから封筒を出し、“旅費に使え!”と。

お陰で、その年のスクーリングから、勉学の見通しが持てるようになった。

玉川の哲人「小原国芳先生」との出会いも大きかった。

岡田先生の理想世界と玉川の全人教育が重なるものがあり、一層考察に拍車がかかった。

「真・善・美」の理想世界と重なる部分は、以後の私の生き方の力になった。

今でも生きている。

そのN先生も他界されてしまった。

人生の師と仰ぐ先生だった。

そして、管理職になり5年目、チリ国サンチャゴ日本人学校に赴任。

見知らぬ、海外の世界に突入した。

そのときの理事長が伊藤忠商事のYさん。

広島は福山鞆の浦ご出身で、同郷のヨシミもあって、公私に渡ってお世話になった。

私の友人が6人挙って、夏休みにチリ旅行に来てくれた時は、自宅に迎え入れて貰った。

大歓迎ぶりに、単なる海外旅行では味わえない思い出を作って、皆帰ってくれた。

無くなられたお二方には、新米をご仏前にお供えをして貰うことに。

意を決意したそのときから、故人と話が出来る、それは最高の喜び。

理事長のYさんは、熱海方面に私が出向いたら、一言入れることにしている。

これまた、大歓迎で再開を喜んでくださる。

細やかな営みだが、この度も私の「ミルキークイーン」を郵送させて貰った。

私の気持ちを届けさせて貰った。

今日あるは、この3方無くして、今の私は語れない。

出会いに感謝あるのみ!

人生を豊かにしてくれる、人との出会い!

そして、感謝!

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