松茸の「シロ」と子供の頃の思い出

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私の隣町「世羅町」は、「松茸」の産地で昔から有名だった。

子供の頃は、甲山(世羅町)から、買取り屋が入れ替わり来ていた。

それだけに、我が家の山でも、「松茸」が良く出ていたのだろう。

いや、本当に良く出ていた。

明るい松林のなかで、日当たりの良い根元付近には、松茸の「シロ」があって、大きな円を描いて生える。

松葉を押しのけてくっきり出ているのもあれば、松葉に隠れている蕾もある。

そこの辺りは大抵、地面がほんのり小高くなっている。

それを見つけるのが、松茸取りの名人。

1こ見つけると、その円周上に気を付けると、ふっくらと松葉が持ち上がったところはないか、検討していくのだ。

同じ家内でも、縄張りがあって、各人が自分の「シロ」を大事にしていた。

ある日、父に連れられて山に行ったとき、
“ここはナバ(松茸)が生える!母には教えなよ!”と念を押されたことがある。

母と山に連れだって行ったときは、おなじ「シロ」でも、近くに別な「シロ」があり、母も大事にしていた。

同じように母も私に、
“父には言うなよ!”と念を押された。

二人の各々の秘密の「シロ」だった。

各々が2~3ヶ所、持っていた。

兄貴と行ったときは、また別のところへ連れていき、兄貴の「シロ」を自慢げに話してくれた。

良く出た日などは、背負いかごに、一杯背負って帰って来ていた。

買取り屋は、小屋に広げられた「マッタケ」を見て、傘がひらいていない、蕾のマッタケだけを選別していた。

目方を計り、お金をくれていた。

家族の各々が、自分の小遣いにしていたようだ。

私は、売った残りを貰って、傘が開いたのを焼いて、醤油をつけて食べていた、のを思い出す。

開いたのが量が多く、食べたような気がした。

くど(かまど)で焼くと、松茸の匂いが家中に広がっていた。

今でも、その匂いが漂って来るようで、、、。

母が作ってくれた松茸ご飯も、懐かしく思い出す。

世羅の「松茸屋」に入り、並べられた「国産松茸」を手にした。

地元産は、今年も僅か数本しか入荷しなかったそうだ。

先日は韓国産が並んでいたが、今日は「岩手産」だった。

早速、お世話になった方につめて貰い、宅配を依頼。

先方に連絡すると、“何年も口にしていない、楽しみ!”と、早速にラインが。

明日の夕べは、喜んで頂かれているのが推察される、私も幸福!

子供の頃の思い出が、一層膨らむ。

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