長姉の一周忌と「むかわり」

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長姉が失くなって、早や1年が来る。

1男1女をもうけ、そこから発展し、孫・曾孫合わせると、今では遺族・親族が20~25人になっている。

凄い発展振りである。

1周忌に参列し、配られた読経本を手に、聖人様の指示で、皆で読経が始まった。

カレコレ30分の読経が、参列者の唱和で滞りなく遂行された。

中でも感心したのは、曾孫の二人が、教本を両手に持って、「心経」を高らかに唱和している姿。

一際、声が清くすんでよくとおり、隣席していた私まで嬉しくなるほどだった。

姉(故人)も草場の陰から、笑みを浮かべて、曾孫の姿を見届けているのだろう、と思うのだった。

例え形式的であれ、その心は家庭内で引き継がれていく。

読経後、聖人様は、参列者の方を向いて、今日の「一周忌」の意味を法話してくださった。

右手に長い数珠を持ち上げて、左手で珠をさすりながら、話される。

姉(故人)の思いでの人や懐かしい場所の旅にでられて、一人ひとり縁者に挨拶し、一周ぐるり回られてお帰りになる、と。

これが「一周忌」の意味で、“一周して帰って来る”ので、今日は皆でお迎えをする日だ、と。

それで、別名「むかわり」とも言うのだそうだ。

私のところにも、挨拶に来られたのかも知れない。

そう言えば、ある日寝ていると、無性に姉(故人)が優しく思い出されて、その度に両手を合わせたことがある。

今日の曾孫達の読経にも、そうした姉(故人)の喜ぶ姿が重なって、思い出された。

姉の一周忌に当り、心からの「むかわり」が皆で出来た。

お墓参りの後、場所を変えて、皆で会食に恵まれた。

ここでも、親族一同が会し、和やかに話が出来たことの意義は大きい。

一族の発展に、深い深い意味があるようだ。

長姉(故人)が、皆を引き合わせてくれた!

これが真の「むかわり」の姿かも知れない!

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