今年に入り、友人、知人、親族を続けて亡くした。
甥のハジメ君、タカユキ君、親しい友人のアキコさん、ケイコさん。
何れも70代、80代で現役をバリバリに勤め上げた人達ばかりである。
ことに、「縁結びカフェ」のケイコママさんは、若くして独立し、女腕一つで二男一女を育て上げた。
私は、「カフェ」でママと知り合い、カレコレ14~5年になる。
子ども達の学費捻出には、人一倍の苦労があったようだ。
専門学校、大学と重なった時は、頭を痛めた話を繰り返し聞いた。
今では、各々が独立し生計を立ててくれていると。
娘は結婚し、旦那を連れて大阪から郷土に帰り、3人の子どもを育て、土、日には遊びに来るので、その世話がある。
今でないと味合えない、嬉しい悲鳴を上げている、と。
こうした話の中にも、満面の笑顔を浮かべて、バァバァの顔に。
一方、「縁結びカフェ」で、お茶しながら、私の身の上ばなしや百姓の苦労話を打ち明けると、何でも聞き入れる度量があった。
何と嫁ぎ先は農家で、嫁いだその年から田んぼに入り、トラクターを使い、田植えをして来た、と。
苗運びや水管理の大変さも、概ね理解してくれた。
ある日、このままだと子ども達を教育できないと、家を飛び出すことに。
それからの苦労は、一方では語れないものが、あったと。
私も関心があるので、ママさんが、農作業したという圃場を、二人で確認しに行ったことがある。
家の直ぐ前にある整理された立派な圃場は、今では草ぼうぼうの休耕田に変貌。
時代の流れを、自分の人生の中で、シカト感じ取られていた。
また、私のグループラインに目を通し、時に厳しい助言をしてくれるのはケイコママ。
さ句読点や段落の設定は、やかましかった。
何と、高校時代は「新聞部」だった、とか。
それに、「縁結びカフェ」に出すご飯は、私の「ミルキークイーン」を使ってくれていた。
かように、私にとっては掛替えのない、大事な人だった。
どうか、お空からでも、しっかり我々の動きを、見守っていて欲しい。
永遠の生命を、精一杯、幸せに生きて欲しい!
キット、天国では、苦労を乗り越えた人だけにある、素敵な生活が始まる!
またゆっくり、話を聞かせて欲しい!
楽しい関わり、ありがとう!


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