秋の味覚の王様は「松茸」である。
子どもの頃、あれ程とれていたのに、今では店頭で眺めるのみ。
その他の身近な「秋の味覚」として、フユガキやイチジク、ユズにギンナンなど。
この度、俳句のS先生からお誘いを受けて、自宅の「ギンナン拾い」に出掛けた。
上川立の極めて閑静な一角に、樹齢4~50年のギンナンの大木が。
Sさんの案内で、近くに車を停めてそこに向かった。
見ると、樹下の足元には落下した「ギンナン」が所狭しとギッシリ並んでいる。
こんな光景は初めて!
大粒で見事な「ギンナン」の実である。
Sさんは、「ギンナン」のかぶれ症があって、自分では拾われない。
同行した二人は、地べたに座り込んで拾い始めた。
私は持参したバケツに、両手ですくうようにかき集めては入れる。
小さなバケツが、「ギンナン」の実で直ぐに一杯になった。
座り込んだお二人は見ると、「ギンナン」を拾っては、1個ずつ皮を潰しては、実を取り出して居られる。
暫く時間が掛かりそうだ。
家に持ち帰っても、街中ではギンナンの匂いで、近隣から嫌がられるので、ここで処理するのだ、と。
私の経験上、バケツの中で水に浸け置き、1~2週間もすれば、皮がやわらかくなる。
それをかき混ぜて擦ると、皮が自然に剥がれる。
古い洗濯機に入れてもよい。
これを繰り返すと、キレイなギンナンが現れる。
それを拡げて、暫く天日干しにする。
そう言えば、子どもの頃を思い出した。
学校からの帰途、西教寺に立ち寄ると、境内に「ギンナン」が落ちているのを知っていた。
友達とそれをかき集めて、暫く秘密場所に保管。
年末のお寺の落ち葉焚きのおり、中に「ギンナン」を入れて置く。
すると、パスッと実が弾けて飛び散る。
灰の中から、その実を探しだして、友達と食べていた。
黒光りした「ギンナン」の実が適度に柔らかくなって、それは美味しかった。
それを知って、時には自宅で「風呂焚き」の折にも、入れたことがある。
唯一の私の世界だった。
県北の田舎暮らしは、「秋の味覚」で最高である。
明日から、「茶碗蒸し」を研究して、挑戦して見たい。
来客にも、食べさせて見よう。
マッタケは無理でも、中には椎茸、蒲鉾、ユズにギンナン。
細やかな我が家の秋の食卓を夢見る!
S先生にも届けたい!
空想が無限に拡がる!





コメント